正義の裏側 | ひとりごと | 心理カウンセラー 衛藤信之 | 日本メンタルヘルス協会

えとうのひとりごと

■正義の裏側
2004年4月19日



Photo by (c)Kuni Tadashi

 僕がアリゾナにいた2001年9月11日にニューヨークでは世界貿易センタービルに旅客機が突っ込み「同時多発テロ事件」が起こった。
 それから半年ぐらいは、アメリカでは日本人の観光客はピタリと途絶えた感があった。他のアジアの人々は、それほど激減した様子はなかったが、日本人の旅行者だけはピタリと来なくなったという感じだったように思う。マスコミに影響された知人からは、僕に対して「直ぐに帰国の途に・・・」と、たくさんの心配の声をいただいた。
 マスコミによる日本国民への影響は計り知れないと思っている・・・・

 今回の日本人人質事件では、拘束された人達の家族が「命が救える方法があるのに、政府は救ってくれないのですか!自衛隊の即時撤退を要求します・・・」と訴えた。この事件の数日前に、アメリカ人数名が暴徒と化したイラクの民衆に焼き殺されるという、衝撃的な事件が起きた直後だけに、家族の恐怖のイメージはいかほどだっただろうか。
 それに対して、「そんな危険な場所に行ったことを反省すべきだ。自己責任じゃないか。要求する前に家族が当人に代わり迷惑をかけたことを国民に謝罪すべき」との批判がマスコミや人質の支援者の元に続々と届いたという。

 恐ろしいほどの客観主義。被害者非難。

 もし自分の子供が間違って何かを食べ、中毒を起こす事態になった場合に誰でもパニックにならないだろうか。今すぐ救える解毒剤を持っているなら「今すぐ解毒剤を飲ましてください」と叫ぶと思う。それを「勝手に食べてはいけないものを食べたのだから、自業自得だろ。生意気だ。謝れ。」

 子供がそこで死にかけている時に「命をまず助けてよ!」と叫ぶ人に、「冷静になり、まず謝罪だろ。感情的すぎる!」との声。日本人はいつからこんな心のかよわないニヒリズムが蔓延する国になったのだろう。

 「危険な場所に行った彼らが悪い」と人々は怒る。しかし冷静に考えれば武力を持たず、イラクの人々のためにと以前から活動していた善意のフィールドを、危険な場所に変えてしまったのは、他の誰でもない武力を所持したアメリカ兵や日本の自衛隊なのです。

 日本政府は「人道支援」と、いつも大義名分を持ち出すけれど、人道支援とは、相手が心から感謝してはじめて意味があるものです。

 アメリカはイラクでの影響力と天然資源を自由に手に入れたいという隠された思惑から、国際的な足並みを得られないままに、確たる証拠もなく戦争に踏み込んだ。したがって、アメリカの本音で言えば利権を得られない、今の状態では国連主導には出来ない。だから、アメリカは自国主導で、この戦争を押し続けている。
 イラクの大衆は、それに気づいている。この戦争は自由へのシナリオではなく、アメリカに服従することで、国の利益を略奪されることに不満を感じる一般の民衆は武装集団に変貌していく。
 彼らはテロ集団ではなく、ただ、アメリカの強硬路線と、アメリカ兵と残されたテロリストとの“はざま”の戦いの中で子供達が飢え、身内が殺されることに抗議するための、レジスタンス(民衆解放運動)だと思っているだろう。

 そのアメリカの横暴さに、友好国として、抑止も警告も出来ない日本は、イラクの人々から見るとアメリカに服従し、利権を狙っている仲間としか感じないだろう。今やイラクの民衆が、軍隊を派遣した日本政府の行為を人道支援と感じない以上は、善意の押し売りでしかない。
 善意の一方的な押し付けがいかに迷惑なことであるかは誰でも日常の生活で感じることです。

 歴史をたどれば、この戦争は世界の65パーセントが埋蔵される中東の石油の利権を手に入れたいアメリカ政府が、湾岸地域の脅威となって立ちはだかるイランをまず攻撃するシナリオをもくろんだ。その時アメリカが取った手段はイラクのサダム・フセイン大統領に最新のハイテク兵器を供給し、イラン・イラク戦争を引き起こすように影で糸を引いたのである。イラン・イラク戦争でイランが引き下がると、今度はハイテク兵器を与え続け巨大化したイラクのフセイン政権が、中東政策の次の脅威になった。

 そこでアメリカはサウジアラビアとクウェートに協力を要請し、イラクに対する経済封鎖を強行し、イラクの子供たちを飢えさせた。
 追い込まれたイラクはクウェートに侵攻することになる。この時、イラクからクウェート侵攻の打診を受けたアメリカ大使館は「クウェートの国境紛争について、アメリカは意見を言う立場にない」と返答。事前に黙認し暗黙のGOサインを出したのはまぎれもないアメリカ政府である。
 安心したフセインはクウェートに侵攻した。戦いのキッカケが出来たアメリカは湾岸戦争に突入。この聖戦(ジハード)で敗北したイラクは屈辱を味わい、軍事力強化を急ぐフセインの独裁はさらに強まるという最悪の道をたどった。

 もともと、テロリストのビン・ラディンやムシャヒディン(イスラム教の宗教戦士)に軍事指導したのはアメリカ政府であるし、アフガニスタンに侵攻したソ連を抑止するためにアメリカが銃や金を提供したことは、歴史上の事実だ。彼らはソ連やアメリカの巨大大国に利用されているのだと知り、イスラムから大国の影響力を排除するためにテロリストになることを選んだ。
 
 今回の戦いは、アメリカが図らずも影でつくった独裁政府からのイラク国民の解放と、大量破壊兵器保有の疑いがあるフセイン政権を武力で壊滅させることにあった。そのためアメリカは国連を分裂させても今回の戦いに挑んだのである。
 しかし、フタを開けてみると大量破壊兵器は出てこず、通常兵器しかなく、そこにいたのは、飢えた人々だったのだ。

 次のアメリカ政府の目標はアメリカにとって都合の良い暫定政権への移行なのだが、ここにきてイラクの一般の民衆がアメリカの利権が絡んだ思惑に気づき怒りだしている。これはもうすでに、アメリカとフセイン政権との戦いではなく、イラクの民衆との戦いに変っているのだ。そこにアメリカに炊きつけられた日本の自衛隊がイラク民衆の為にと、押し付けの正義の御旗を振り続けることに、滑稽すら感じてしまう。もちろん、自衛隊で汗をかいている人々が悪いのではなく、アメリカ人の大衆すべて、イラクの民衆すべてが好戦的ではない。これは忘れてはいけない考え方なのです。

 底で、利益をむさぼっているのは、石油の利権にかられた一部であり、軍需産業で得をしている人々なのです。

 今回の人質になった彼らは、巨大大国の利権争いに振りまわされ、傷ついたイラクの人々を、自分達の手で何とかできないかと、武器を持たずに、人間としての良心から、出来ることがあればと飛び出した若者たちなのだ。

 そんな歴史の流れや悲惨な背景を現地にいながら感じ取り、飛び出した彼らを、何も知りもしないで、動こうとしない人々が、一部ではあるが批判している。

 日本人の優しさ、清らかさはどこへ行ってしまったのか。今回のことで何もしないで批判ばかりしている人々が増え、心からボランティア魂を持って動こうとする人々や家族が否定されないことを祈らないわけにはいかない。

 彼らを一番傷つけているのは、イラクの人々ではない。まぎれもなく我々日本人なのだ。彼らが解放された時の顔と、家族から日本の世論の論調を聞き、疲れた表情で帰国した彼らの心に去来した疑問は・・・。彼らはこれからの人生で何を心のより所にすればよいのだろう。
 今、彼らの胸の中にあるのは、自分の家族への批判の恐怖、個人の意見など抑えこんでしまう大衆の巨大な批判精神なのか・・・・彼らから笑顔と言葉を奪った正義の人々よ、あなたは日々、誰かのために何をしたのか?

 日本の政府は、彼らこころの戦士が日常くり返した善意の行動を、自衛隊派遣で一瞬に無にしてしまった。感動が生れた善意の場所を、日本人にとって危険な場所に変えてしまったのはどっちなのか?
 文句を言いたいのはどっちだろう。本当の人道支援とは・・・・・・

 石油の利権が必要な巨大カンパニーを背景に持つアメリカのマスメディアは、ベトナム戦争の時、戦場報道から起こった反戦運動から多くの教訓を学んだ。そらからというもの正義の報道は、巧みに報道規制が行われている。

 これから日本人が世界に出ることを怖れ、すべての情報をアメリカのマスメディアから購入するようになれば、ますます日本はアメリカ政府と同じ見方しか出来なくなるだろう。

 「ズルさ」が、「正義」に勝つ時代の到来なのでしょうか。
 そんな時代は生きるのが虚しくなる。僕は報道を見るたびに深く、ため息が止まらない。

 今、日本人のひとり一人の「心」が問われているのだと思う。







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