Travelling is troubling. | ひとりごと | 心理カウンセラー 衛藤信之 | 日本メンタルヘルス協会

えとうのひとりごと


■Travelling is troubling.
2001年5月18日
  皆さんお元気ですか?
 僕は今アメリカのアリゾナに来ています。とにかく暑い。テレビの今日の天気は「hot、 hotter、 hottest」としか表現のしようがない。今は36℃もあります。

 道中も大変でした。日本からロスアンジェルスまでは日本の翼JAL(ANAの生徒さんごめんなさい、関空からはJAL onlyでしたから)で快適に来ましたが、ロスアンジェルス国際空港でアリゾナのフェニックス空港行きの待ち時間4時間です。また、その便が到着遅れのため、さらに一時間出発が遅れて、いざアリゾナへ。

 そう、あのアメリカン航空(AA)です。懐かしいアメリカン航空、まずいお菓子とまずいジュースを出して優雅にスッチー(スチュワーデスorフライトアテンダント)は去って行く・・・・やはり航空会社は日本やね。無事にアリゾナに着きますように。

 今回アリゾナは初めてです。空から見えるのはまるで西部劇の舞台です。砂漠、切り立った岩、いいねいいね。インディアンが馬で走ってそう。

 そんなことを思っていると、なんだか雲行きがあやしい。状況を説明する例えではなく、本当に雲の様子が変、変、変、雲が茶色いのだ。飛行機は大揺れ。毎週移動で空を飛んで仕事をしているので飛行機には慣れていても、この揺れは異常事態。1時間で着くはずが1時間40分経過しても着かない、景色も素人目から見ても同じところをぐるぐる旋回している様子。機長からのアナウンス「sand storm」うそ〜。「砂嵐のため着陸不可能。安全のため引き帰します」また、ロスに戻るの?「パームスプリング空港に行きます」どこどこパームスプリングって。あわてて地図に目をやるとロスとアリゾナの中間やん。

 それからどうするの? 隣のおばさん「あら。大変なことになったわね」と笑ってる。さすがアメリカのおばさん、余裕で、おおらかだ。もちろん見た目もおおらか。

 緊張は親和欲求を高めるとはよく言ったものだ。「あなたどこから来たの」「日本です」「ビジネス」「勉強に」「何の」「インディアンの」「なぜ、インディアンなの」日本でも、アメリカでも不思議がられるのは「インディアンの生活を勉強したくて」と言うと「why?」とくるのは万国共通ですね。

 僕にとってのインディアン。最初は西部劇の悪者。そして勉強すると白人に追いやられた被害者。急に文明を持ち込まれた迷える民。そして昔、感動して読んだ「パパラギ」(立風書房)の酋長ツイアビと同じ。

 映画「ダンス ウィズ ウルブス」で登場する酋長の年輪を重ねた刻み込まれたシワ。長いパイプを加えながら語る酋長。そう、ユングの言うオールド・ワイズマン(老賢人)だ。そして酋長シアトル。

   1854年
 アメリカの第14代大統領フランクリン・ピアスは
インディアンたちの土地を買収し、
            居留地をあたえると申し出た。
   1855年
  インディアンの首長シアトルは残酷な戦いを避けるためこの条約に署名。

     これはシアトル首長が大統領に宛てた手紙である。


     はるかな空は涙をぬぐい
          きょうは美しく晴れた。
あしたは雲が大地をおおうだろう。
               けれど わたしの言葉は 星のように変わらない。

       ワシントンの大首長が土地を買いたいといってきた。

  どうしたら空が買えるというのだろう?
                  そして大地を。
わたしには わからない。
             風の匂いや 水のきらめきを
          あなたは いったい どうやって買おうというのだろう?

  すべて この地上にあるものは
             わたしたちにとって 神聖なもの。
                     松の葉の いっぽん いっぽん
      岸辺の砂のひとつぶ ひとつぶ
  深い森を満たす霧や
草原になびく草の葉
      葉かげで羽音をたてる 虫の一匹一匹にいたるまで
    すべては
       わたしたちの遠い記憶のなかで
                     神聖に輝くもの。

    わたしの体に 血がめぐるように
           木々のなかを 樹液が流れている。
                     わたしは この大地の一部で
          大地は わたし自身なのだ。
            香りたつ花は わたしたちの姉妹。
             熊や鹿や大鷲は わたしたちの兄弟。
               岩山のけわしさも
                 草原のみずみずしさも
                   子馬の体のぬくもりも
       すべて おなじひとつの家族のもの。

川を流れるまぶしい水は
           ただの水ではない。
                 それは祖父の そのまた祖父たちの血。
 小川のせせらぎは祖母の そのまた祖母たちの声。
                    湖の水面にゆれる ほのかな影は
 わたしたちの遠い思い出を語る。

  川はわたしたちの兄弟。
           渇きをいやし
              カヌーを運び
                子供たちに 惜しげもなく食べ物をあたえる。

     だから 白い人よ
           どうか あなたの兄弟にするように
                     川に やさしくしてほしい。

空気は すばらしいもの。
          それは
            すべての生き物の命を支え
                その命に魂を吹き込む。
                    生まれたばかりのわたしに
                  はじめての息を あたえてくれた風は
                死んでゆくわたしの
           最期の吐息を うけいれる風。

    だから 白い人よ
どうか この大地と空気を
         神聖なままにしておいてほしい。
                草原の花々が甘く染めた
   風の香りを かぐ場所として。
         死んで 星々の間を歩くころになると
                         白い人は
           自分が生まれた土地のことを 忘れてしまう。
    けれど       わたしたちは 死んだ後でも
   この美しい土地のことを 決して忘れはしない。
                わたしたちを生んでくれた 母なる大地を。

              わたしが立っている この大地は
         わたしの祖父や祖母たちの灰からできている。
    大地は わたしたちの命によって 豊かなのだ。

それなのに 白い人は
    母なる大地を 父なる空を
      まるで 羊か 光るビーズ玉のように
               売り買いしようとする。
                    大地を むさぼりつくし
                       後には 砂漠しか残さない。
  白い人の町の景色は わたしたちの目に痛い。
白い人の町の音は わたしたちの耳に痛い。

 水面を駆けぬける 風の音や
    雨が洗い清めた 空の匂い
       松の香りに染まった やわらかい闇のほうが
         どんなにか いいだろう。
           ヨタカの さみしげな鳴き声や
              夜の池のほとりの
               カエルのおしゃべりを聞くことができなかったら
  人生にはいったい どんな意味があるというのだろう。

  わたしには わからない。
       白い人には なぜ
          煙を吐いて走る 鉄の馬のほうが
             バッファローよりも 大切なのか。
  わたしたちの 命をつなぐために
          その命をくれる バッファローよりも。
            わたしには あなたがたの望むものが わからない。

 バッファローが 殺しつくされてしまったら
        いったい どうなってしまうのだろう?
                聖なる森の奥深くまで
                  いったい なにが起こるのだろう?

                獣たちが いなかったら
                  人間は いったい何なのだろう?

        獣たちが すべて消えてしまったら
              深い魂のさみしさから 人間も死んでしまうだろう。

  大地は わたしたちに属しているのではない。
 わたしたちが 大地に属しているのだ。

 ひとつだけ 確かなことは
        どんな人間も
         赤い人も 白い人も 黄色い人も
           わけることはできない ということ。
                わたしたちは結局 おなじひとつの兄弟なのだ。
              わたしが 大地の一部であるように
         あなたも また この大地の一部なのだ。
                      大地があなたがたを必要なように
              あなたがたにとっても かけがえのないものなのだ。

         だから 白い人よ。
              わたしたちが
                子どもたちに 伝えてきたように
                  あなたの子どもたちにも 伝えてほしい。
                大地は わたしたちの母。
       大地にふりかかることは すべて
    わたしたち
大地の息子と娘たちにも ふりかかるのだと。

あらゆるものがつながっている。
  わたしたちが この命の織り物を織ったのではない。
 わたしたちは そのなかの 一本の糸にすぎないのだ。

生まれたばかりの赤ん坊が
       母親の胸の鼓動をしたうように
          わたしたちは この大地をしたっている。
   もし わたしたちが
          どうしても
ここを立ち去らなければ ならないのだとしたら
                     どうか 白い人よ
                  わたしたちが 大切にしたように
         この土地を 大切にしてほしい。
       美しい大地の思い出を
    受けとったときのままの姿で
 心に刻みつけておいてほしい。
     そして あなたの子どもの
         そのまた 子どもたちのために
                この大地を守りつづけ
               わたしたちが愛したように 愛してほしい。
     いつまでも。

            どうか いつまでも。


 インディアンへの憧れは語りだしたら切りが無い。今回の僕の案内人スーザン・小山(詳しくはホームページETO先生よりご案内を参照:電話通訳は必読)は言う。
 「衛藤先生、あまりインディアンに過度な期待を持たないでね。彼らは今、引き裂かれている。 私のところにテレビのディレクターから取材の電話がくるわ『小山さん、鳥と話ができるインディアン紹介してください』とか『空を飛べるインディアンを教えてください』とかね。
 あの人たちが考えることは同じなの。スーパーマンを探しているの。自分の中にインディアンが居るわ、彼らはそれを探そうとはしないの。」

 僕もそう大差はないかも知れないと、後ろめたい気持ちでいると「衛藤先生!日本人にもたくさんインディアンは居るわよ。」「誰ですか?」と僕。

 「そうね。宮沢賢治とかね。自然と共存して、自然に謙虚になって生きている人はみなインディアンが心に居るのね。」
 
雨にも負けず
 風にも負けず
  雪にも夏の暑さにも負けぬ
   丈夫な身体を持ち
    欲は無く
     決して怒らず
       いつも静かに笑っている
 
  一日に玄米四合と
   味噌と少しの野菜を食べ
      あらゆることを
    自分の感情に入れず
       良く見聞きし解り
    そして忘れず

  野原の松の林の蔭の
    小さな萱葺きの小屋に居て
       東に病気の子供あれば
          行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
            南に死にそうな人あれば
            行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないから止めろと言い

    日照りの時は涙を流し
         寒さの夏はおろおろ歩き

皆にでくのぼーと呼ばれ
 誉められもせず
  苦にもされず
     そういう者に

             私はなりたい


 「それを見つけに行きましょ」と彼女が笑った。「その前に衛藤先生はF1ヴィサ(学生ヴィサ)を取るために学校に入ったのだから、しばらくは学生を頑張ってください」その通りです。ここ1ヶ月は学校に居ると思います。

 今滞在している学校は全米1500校の内、ここ5年間25位から50位の中に必ずランキングされている学校です。MBAやPh.Dを目指す大学院生だけなので、みんな目の色が違います。どうも僕は場違いかもしれません。

 キャンパスは、とりあえず広い。自然公園の中にあると錯覚するようなほどです。
 いまだに教室に行くたびに迷っています。僕の部屋の前ではハミングバード(蜂どり)が飛び交っています。知ってますか? 高速で羽を動かし花の蜜を吸う鳥です。花の蜜を吸うために高速で羽を動かす必要があるのか、高速で羽を動かすエネルギーを獲得のために花の蜜を吸っているのか?  よく解らない鳥です。

 人間にもいそうですよね・・・・蜂どり人間。見ていると身につまされます。

 それにキャンパスの中に学生寮とは別にエグゼクティブ専用のホテルやプール&ジム、本屋にパブまであります。勉強しょうと思えば最高の環境で、遊ぼうと思えばこれまた最高の環境なのです。何事もその人の自主性の問題なのでしょう。

 そして郊外にはナバホ族・ホピ族・アパッチ族などのインディアンの保留地(reservation)がたくさんあります。
 僕の担当のストゥープス教授は長年心理カウンセラーをやってきた背筋の伸びたすごい美人の教授(ずーっと過去)ですが。ここでも、さっそくシンクロ二シティー(意味ある偶然)がありました。ストゥープス教授の祖母型の妹さんがあのNHK で放映された「大草原の小さな家(邦題)」ロゥラ・インガルス・ワイルダーなのです。
 なんとスーザン・小山さんは、日本で大草原の小さな旅「ロゥラ・インガルス・ワイルダーと開拓の西部」という本を出していたのです。お互いにビックリ。
 「What a small world.」 なんて世界は狭いのかしら。
 「Look at this! I have goose bumps.」 私、鳥肌がたってるわ!
 みんなで大騒ぎ。

     何か起こりそうなETOアメリカ心理旅行記です。

        これからが楽しみです。これからの投稿も楽しみにしてください。


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